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大事な事

この2004年年末、日本に一時帰国しました。
そのときに改めて感じたこと。

それは「一言」がつくる印象とその後の影響。

その一言とは何も誰かを励ますとか、同情するとかそういった類のものではなく
誰もが日常の中で使う一言。

「おはよう」
「こんにちは」
「ありがとう」
「ごめんなさい」
「さようなら」

自分の家の前にある小学校、および勤務していた学校では「挨拶運動」なるものがありました。
友達はもちろん、先生、保護者、近隣の方に挨拶をきちんとしましょう、というもの。
挨拶を「意識」させる、と言う意味合いではとてもいいものだと思います。
やはり陰気くさい顔で、かつ伏し目がちで通り過ぎ去られるよりも
元気よく挨拶される方が気持ちがいいのはあきらかですから。
笑顔で元気な挨拶はこちらも幸せな気持ちにしてくれます。

でもそもそも「挨拶」って学校で教わるものなのでしょうか。
一番初めの挨拶ってどこでおこなわれるかといえばもちろん、家庭です。

「おはようございます」

これが一番初めの挨拶のはず。

中学生とか高校生、難しい時期ではありますが、目を見て挨拶の出来ない子は
自分に自信がない子、学校生活を楽しんでいない子というのが大半だったように思います。

まずは一番はじめに、家庭での挨拶を当たり前にする「当たり前度」をあげることって、とても大事だと思うしだいです。


また、今回の帰国で、自分にとって残念なことに遭遇しました。

道を歩いていると、目の前に車がとまり、赤ん坊を抱えた母親が下車。
その際、赤ちゃんをくるんでいた毛布が落ちてしまったのですが、母親は気づかず歩いていってしまったのです。
車を運転していた旦那さんもそれに気づいていないようすだったので、自分が小走りで拾い、その母親を追いかけようとすると
旦那さんも気づいたようで車から下車。なので毛布を渡そうと手を伸ばすと、
それをひったくるようにとり、何も言わず母親を追いかけ、その後も何も言わずに去っていかれました。

ただ一言の「ありがとう」

別にお礼が言われたくて毛布を拾ったわけではありません。
だけど何も言われないのは正直予想外というか、ショックでした。

大企業に勤め、良いスーツを着て、良い車にのってもその一言が言えない父親に育てられる子供は
どう育つのか、余計なお世話だとは重々承知ですがそれを思うと悲しい気持ちになりました。

相手の目を見て「おはようございます」といえますか?
誰かが力になってくれたとき「ありがとうございます」と言えますか?
何か間違いを起こしてしまったとき「ごめんなさい」と心からいえますか?

自分自身振り返る良い機会にはなりました。

当たり前のことを、当たり前のように出来る人は素敵だと思います。

(2005年1月)
 
   
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